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2005 学習心理学講義(-特論)

47 名前:吉川 亮:2005/05/20 10:45 ID:???

もう1つきになっていること。
それは、自己の物語にこだわりすぎると、
先に進めなくなる感じがするということです。

フーコーがどこかで、自己の確立が近代的支配関係の成立する基盤になる、
みたいなことをいっている。
つまり、自己を強く意識してしまうと、
近代的な思考様式の枠にとらわれてしまうということです。
学生の頃柄谷行人の本を読んで知ったことなのですが、
近代的な思考様式(これも社会的構成物なのですが)は一度成立すると、
その起源が覆い隠され、自明なものとして見えなくなってしまうのです。

もちろん、授業のときにいったように、他人に自己意識がある、意思があると
考えないと、われわれのコミュニケーションは成立しない。
(有元先生流にいえば、認知的実在を想定せざるをえない)
そして私流のとらえかたでいえば、このコミュニケーションこそが、われわれの間に
社会的構成物である思考様式(記号解釈のコードともいえます)をつくっているのでは
ないか。
つまり、社会的構成物とはコミュニケーションの堆積物であり、
コミュニケーションによってできたパス(経路)の残滓ではないか。
つまり、メディアだということです。
話が例によって、宇宙のかなたに開いてしまいました。
どう収拾したらわからないので、ひとまずおしまい。
千さん、どうですかね。


133.34.73.131 , edu01.edhs.ynu.ac.jp ,


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