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2006 教育の心理学
- 61 名前:有元@管理者 ★:2006/12/11 12:44 ID:???
 
-  成績は試験で付けます。問題は事前に予告、持ち込み無し。 
 07年2月5日です。 
 みなさん、良いお年をお迎え下さい。風邪が流行っているので気をつけて! 
 
- 62 名前:池谷梓:2006/12/12 00:53 ID:WM5xc8ps
 
-  第8回講義録 12/11(月) 第2校時 (1/2) 
  
 『開発的転移』前回の続き 
  転移は異文化間の交渉と交換。新参者はある組織に入り学んでいくが、その組織も新参者から 
  学ぶことができる。初心者、部外者がいるために、組織は成り立つことができる。 
  学校では、子どもたちを常に初心者としている。(できることをやっているのではない。) 
  二つの組織が「境界上のプラクティス(実践)」を生み出す領域、すなわちZPDを構成する。 
  
 『活動理論』 
  objective activity…物質的活動、目的的活動、対象的活動 
  個人主体主義的観念論(人間の心のこと)、機会・唯物的経験論(人間を機械と見なす)どちらも 
  あてはまる。 
  ※subject…主体 
   object…目的、物 
  
 『活動』 
  人間の行動は、操作・行為・活動と序列化される。操作は機械的であり、活動にいくほど 
  文化的である。 
  ○授業を受けるという活動…話さない、前を見て座る、ノートに書くなど 
   →本能や思いつきではなく、文化・社会の影響を受けた活動である。 
  
  ○授業を抜け出す子どもがいる。 
   →その子の心理、性格など個人を見てきたが、まわりの環境・社会を見るように 
    見直されてきている。 
  
 
219.44.156.166 , softbank219044156166.bbtec.net , 
 
 
- 63 名前:池谷梓:2006/12/12 00:55 ID:WM5xc8ps
 
-  第8回講義録 12/11(月) 第2校時 (2/2) 
  
 『発達の最近接領域』 
  今現在ある、組織が行う社会的行為(運転する、授業を受けるなど)=B 
  個人の日常行為(社会的行為ができない、授業を受けたことがないなど)=A 
     発達の最近接領域=B−A 
  
  社会・組織を越えるときZPD(B−A)に入る。どうしたら良いかわからない(ダブルバインド) 
  を経験することによって、個人は成長し、組織も変わっていく。 
  
  ◎教育への貢献3点 
   @共同…高所→低所ではなく、共同に違いを探していく。 
   A理論と実践はセットであること。お互いに依存している。 
   Bプラクティスの進歩…学習のエトス(本質)は、探求と再構築(新しい知識)である。 
  
  ☆課題 身近な組織の構造に起因する問題点とその改善案 
   ○料金所などの車の渋滞 ⇒ ETCでスムーズにする 
   ○満員電車でちかんが出る ⇒ 女性専用車を設ける 
  
 内容が難しく、あまりまとまりませんでした。間違いがあったら直して下さい。 
 個人を見るのではなく、まわりの社会・環境から見直していくのは良い考え方ですね。 
 これからの教育に必要だと感じました。 
 来年もよろしくお願いします。 
 
219.44.156.166 , softbank219044156166.bbtec.net , 
 
 
- 64 名前:ありもと@管理者 ★:2006/12/13 18:25 ID:???
 
-  >>62-63 池谷さん、ありがとう。 
 繰り返しいいますが、「個人の心理」が場面の状況と不可分であることが 
 この領域の研究のキモです。子供の能力は子供だけのものではなく、 
 例えば学校という制度とセットで成り立っていることを、今後教育に 
 携わる皆さんに理解してもらいたいです。 
 
- 65 名前:ありもと@管理者 ★:2007/01/15 15:14 ID:???
 
-  休講のおしらせ 
 申し訳ありませんが、所用のため22日(月)休講させていただきます。 
 ごめんなさい! 
 
- 66 名前:深澤亮太:2007/01/15 16:19 ID:D3KepL1U
 
-   第9回講義録 1/15(月)第2校時 
  
 ◎正統的周辺参加 
  J.LaveとE.Wengerは学習を正統的周辺参加という概念で捉えた。 
  ここでは、学習とは参加すること、共同体のメンバーになることとする。 
 知識や技能はその結果として、副産物として出てくるものとして身についてくるものである。 
 その利点としては、誰でも一人前になれる、特別な教授の機会が不要、 
 苦労がないなどということが挙げられ、 
 学習を知識・技術の蓄積と捉える現在の教育と対比される。 
  
 大切なことは当たり前にそこにいること=「参加」することである。 
  EX)バイト 
   バイトをするからには一人前になろうとする気持ちはある。 
 というのも、どんなに嫌なバイトであれ、 
 一人前にならなければ使い物にならなくなってクビにされてしまうからだ。 
    野球選手 
   少年野球をやっている子どもは少年野球チームという集団に属している。 
 その中で一人前になること=プロ野球選手になることである。 
 何らかの共同体に所属している人は目標が立てやすい。 
  
   それに対して、学校は人が雑多に集められた集団である。 
 その中で参加したくなるような場面を設定するのが難しい。 
 例えば、分数の通分を行うのにあたっては、子どもたちをどう向き合わせ、 
 初心者にするかの問題がある。参加して初心者になれば、 
 教えることも容易いのだが、算数が苦手な子もいるから中々そうもいかない。 
 ここでは不参加の場合は無関与な人になってしまう。 
 そこで求められるのはみんなが取り組みたくなるような課題を用意することである。 
  
 小学生は何を目指して学習するのか(何が一人前なのか)? 
 大人になるため?先輩(6年生)を目指して?先生になるため? 
 …教室では具体的に大人になるための勉強はしていない。 
  
 先生が講義の中で仰っていたことを自分なりにまとめてみたのですが、 
 間違っている箇所もあると思いますので、そのときは訂正をお願いします。 
 正統的周辺参加の考え方はなるほどと思いました。 
 自分が将来先生になった時に、子どもたちみんなが進んで問題に 
 取り組めるような課題作りを模索していきたいと思います。 
 
133.34.235.43 , pc-k013.ipcf.ynu.ac.jp , 
 
 
- 67 名前:有元@管理者 ★:2007/01/16 11:40 ID:???
 
-  >>66 深澤さん、講義録を有り難うございます。よくまとまっています。 
 授業のデザインというのは、子どもを誰にするかというデザインでも 
 あります。ただ計算問題を解く<小学生>にするのか、身の回りの問題に 
 計算を積極的につかう<生活者>にするのか。先生が誰なのか、という 
 問題でもあります。考えてみてください。 
 
- 68 名前:書けませんよ。。。:停止
 
- 真・スレッドストッパー。。。( ̄ー ̄)ニヤリッ
 
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