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2008生態学的学習論演習

23 名前:鈴木 圭:2008/07/15 14:45 ID:xkqvb8AY

7/8の講義内容になります。

主体とは何か?
行為者のみでは主体として成り立たない

主体は外界と不可分である

一方、心理は外界に左右されない能力を推定し、研究している。
(例 無意味つづりによる記憶学習)
即ち、日常の当たり前に言及していない。
(心理学は非常事態心理学である)

心理学というグリッドから零れ落ちるものが存在している。

私たちが当たり前に感じているものは、実はヒトがよってたかって
人工物を創りだすことで可能にしてきたものである
(例 夜の読書←蛍光灯やそれにつながる人工物の存在)
そんな当たり前が研究されていないのでは?

133.34.73.104 , psy10.edhs.ynu.ac.jp ,


24 名前:AZUこと東:2008/07/16 09:53 ID:LDX/zeC2

この日の議論はスリリングでした。
近現代に生きる我々は、文字のある世界に生きている。
が、そうでない世界に住んでいる学習主体も多いはずです。
  エスキモーは雪に多様な表現をもっている。
  洪水の多いカンボジアの民も、実に多彩な川の名称をもっている。
  「木漏れ日」という表現は、四季のある日本ならではの表現で、英訳できない。
  東京多摩地区の稲城の人々は、お蚕を飼う作法を歌で伝承している。
  神話をもつ世界はなを、その様相が強いはずである。

人間の主体性とは、閉じた存在ではなく、自分以外のものからできていて、
  それが、文化であり、文明であり、無文字社会の文化の場合もある。
そういう人間を対象とした日常を捉えた心理学があるはずである。
学問をする者にとって、それはスリリングな話だ。
  状況論的学習論もそうだ。
  ヴィゴツキーは、「精神とは社会の相対である」と言ったそうだ。

  社会性の強いボノボ(ピグミーチンパンジー)のサイレントペタゴジー
  もそういう視点を1つの切り口にみていきたいと思う。





   
221.170.6.241 , Air1Abz241.ngn.mesh.ad.jp ,


25 名前:白石綾子:2008/07/24 06:10 ID:PHWOWWrE

30 名前:白石綾子:2008/07/21 23:25 ID:???

1、学習とは何か
学習と言えるか疑問の例
@パソコンのキーボードのファンクションキーの操作を教わり、
 作業が速くなった。
 繰り返し練習したのか、知識ではないか。
A仕事の依頼を安請け合いしないように、考えてから時には断るようにし
 た。経験は学習か
2、学習する瞬間を経験する(学習っぽい学習を経験する)
何かを学習する場を設定する。実験をする(5分間で出来ること)
実験内容
@巻き舌 A口笛 B指鳴らし Cえんぴつ回し

ビデオをみて振り返る
学習をどのようにしたのか
 生徒役・出来る人に聞く・真似る・繰り返す
    ・出来なかったら少しずつ変えて繰り返し行う
 教師役・教える人も言葉を選ぶことが難しい
感想
「発達の最近接領域」の範囲にある模倣は協同の中で学習が可能という。
 4回の実験は…既に課題の出来ている人は複数でき、出来ない人は複数
 出きていない。
 また、実験で出来る人は皆出来、出来ない人は複数出来ない。
 わたしは、出来なかった。どうしてなのか?不器用、どんくさい、と言わ
 れればそうなのだろうが、それだけでは学びにならない。
 模倣するコツがあるのか?コツを知っている人は短時間で、真似が出来、
 知らないと真似ができない。
 今までの経験で、「発達の最近接領域」の範囲にあった人は、今回の実験
 で教師役となり、この実験のように身近の細かな説明内容が「発達の最近
 接領域」の範囲にある人は模倣できたと、考えた。
 ところで、私事
  巻き舌が出来たのです。 すごく、嬉しい!?十年できなかったのです
121.2.134.67 , p028643.tokynt01.ap.so-net.ne.jp ,


24KB
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