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2010学習心理学講義(-特論)

34 名前:有元@かんりしゃ ★:2010/07/06 16:48 ID:???

>>30 中塚さん、おつかれです。

> 教師に権力は集中しているが,同時に仕事や責任も集中している.学校はもっと民間と協力し,協力される関係を作った方が子どものためになるのではないかと思う.

無批判に学校が受け入れられていると、
批判したくなるし、学校に批判の刃が向けられると、
なにくそと思うこの不思議w

35 名前:滑川宏美:2010/07/13 02:30 ID:xybqyjn2

『脱学校化の社会』イヴァン・イリーチ
3章「進歩の儀礼化」(7月6日)

<まとめ>
○世界新興宗教「学校」の持つ儀礼的ゲーム(神話)からの脱却=「脱神話化」(demythologizing)を通して、
  アメリカ式の産業的な学校教育のあり方を批判

  ・生活水準の低い国では義務教育を全うすることさえ困難であるにも関わらず
   教育機関の最終段階にある「大学」を出た者にしか改革の権利が認められない
   =格差が生じるが、学校教育制度に異議を唱えることができるのは学校教育の恩恵を受けた者(!)

  ・学校が持つ『神話』(矛盾しているが盲目的に受け入れられているもの)
    「制度化された価値についての神話」(学習そのものに制度は必要ない)
    「価値測定の神話」(人の成長は本来測定できるものではない)
    「価値を詰め込む神話」(カリキュラムをこなせば生徒は成長する?)
    「無限に進歩するという神話」(学校に行けば行くだけ生徒の価値が高まる?)
    「儀礼的ゲームと新しい世界的宗教」(学校=いくつかの段階を進級するような儀礼的ゲーム)
    「未来の王国―すべての人が期待をするようになる社会―」
     →しかし一方で「新しい疎外」を生む

  ・脱神話化
    改革を望む人がこれらの神話から開放されなければ真の学校改革はできない

<感想>
留学時代に大学卒業者のエリート意識は国によってだいぶ差があると感じていたので、ある程度の経済水準を保っている社会、
つまり義務教育段階の子どもの労働力に頼らなくても回るような社会でイリーチを理解するのは難しいのではないかと感じた。
イリーチが批判しているのは学校制度の云々ではなく、学校に行かなければ社会的に成功し得ないという暗黙のルールではないのだろうか。
116.83.159.96 , nttkyo016096.tkyo.nt.ngn.ppp.infoweb.ne.jp ,


36 名前:wat:2010/07/13 18:54 ID:???

すみません急に生徒指導が入って授業に参加できません。残念です。
210.227.76.23 , gw1.edu.city.yokohama.jp ,


37 名前:橋本隼人:2010/08/01 21:54 ID:Z7OegU+A

書き込み遅くなってしまい大変申し訳ありません。

「共感」佐伯胖 第1章(7月13日)
【要点】
・人に関わっている周りのもの・状況をとらえていく必要がある。
→状況や環境が人間の発達を支えている

・階段のように登っていくような「垂直的発達」ではなく、
様々な領域を渡って広がりをもつような「水平的発達」
→周囲の状況や環境によって、その人の発達の進行や能力が変わる

・どの側面が重要なのかを関係論的に捉え、「物語」の見方を変えていくことで、
場に応じた発達の理解が可能となる。

【感想】
発達や個人の性格特性は、状況に応じて変化していると改めて感じた。
その社会に適応できるかどうかは、個人の要因だけでなく、
環境の要因も重要であり、人が何を考え何を思っているのかを
状況論的に捉える視点も大切だと思った。
半期のの講義を通した状況論的な考え方を、
自分自身の臨床の中に取り入れられればと思う。
特に、その個人だけでなく、周りで何が起こっているのかを深く
考察していきたい。
133.34.73.121 , psy27.edhs.ynu.ac.jp ,


38 名前:書けませんよ。。。:停止

真・スレッドストッパー。。。( ̄ー ̄)ニヤリッ

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